銀の風

二章・惑える五英雄
―24話・しるべの光―



食事が出来たと言われたので、フラインスの案内で一行は食堂らしき部屋に案内された。
そこは、丁度一般家庭のダイニングと同じくらいの広さだ。
洞窟の規模の割りに、そう多くの住人が居る訳ではないらしい。
ここも他の部屋と同じく岩壁がむき出しで、いかにも洞窟という雰囲気が漂う。
「あ、来たわね。さあ、座って食べて頂戴。」
シェリルに出迎えられ、適当に席に着く。
ホワイトシチュー、ローストビーフ、ごく普通のパン。
どれもとてもおいしそうだ。
「いっただっきま〜す♪」
フィアスが大喜びでパンにかぶりついた。
アルテマやリトラはいたって普通の量だが、彼の皿だけやけに量が多い。
ちなみにルージュの皿には、野菜類がほとんど無い代わりに新鮮な内臓が乗っかっている。
ちょっと見た目が気持ち悪いが、栄養満点で肉食獣の健康管理には欠かせない。
―この女、俺達の種族の特性まで完璧に把握してやがる。
伊達に数千年生きてねえってことか……。
種族にあった食事の内容を把握するのは、そう難しくない。
知識と物さえあれば、誰でも犬や猫が喜ぶエサを与えられるのと理屈は同じだ。
だが、一見同じ人間のようにしか見えない彼らの種族を見抜くのは並大抵のことではない。
リトラやフィアスは、知識さえあれば種族固有の毛色だから見分けやすそうに見えるが、
肝心の知識を与えてくれる文献はほとんど無いのだ。
もっとも、他のメンバーはそこまで気がついていないようだが。
「あら、食べないの?」
「いや、ちょっと考え事を……。」
そう言って、ルージュが肉に手を付けようとした瞬間、
ななめ正面から妙に熱い視線を感じた。
「ルージュ、フィアスがお前の皿の肉ねらってるぞー。」
リトラの声に反応して顔を上げ、フィアスのほうを見る。
フィアスの顔は、今にもルージュの肉に食いつかんばかりの勢いだ。
見れば、すでにフィアスの皿は空になっていた。
「ね、ねらってないもん!!」
慌てたフィアスが懸命に弁解するが、バレバレだったので今更遅い。
しらけと呆れを半分ずつ混ぜたような表情で、ルージュがその様子を見ている。
「フィアス〜、あんた人の取ろうとしちゃだめだよ。
たしかにおいしいけどさ。」
アルテマにたしなめられたものの、
フィアスはまだ未練たらしくシチューを見つめている。
「クスクス……お代わりが欲しいの?なら、器を頂戴。」
可愛いわねといわんばかりに笑って、
シェリルはフィアスの前に手を差し伸べる。
「わーい、ありがとう!」
フィアスは大喜びで、シェリルに自分のスープ皿を差し出した。
シェリルはそれを受け取ると、風変わりなデザインの大なべからシチューをよそってやる。
なべが魔女の大釜にしか見えないのは気のせいだ。


大方食べ終わったのを見計らって、
使い魔のねこうもり達がガラスのように透き通るグラスをテーブルに置いていく。
中の液体は薄い金色で、よく見るといろいろな色が浮かんでは消えている。
グラスのふちにも、見慣れない果物が飾られていた。
「これ、一体なんですか?」
アルテマが、一応敬語でシェリルに問う。
「それはネクタールをジュースに混ぜたものよ。」
「ネクタール?」
また聞きなれない単語だ。
ここに来てから、何度疑問符を飛ばしただろう。
飛ばした数だけ、知識も増えていると思えばいいのかもしれないが。
「神々が好んで飲む、特別なお酒といえば分かるかしら。
こんな風にすれば、子供でも安心して飲めるのよ。
ちなみにその果物は、ネクタリクサーって言う植物の実よ。」
「あ、ぼく聞いたことある〜!」
ネクタリクサーという名前は、フィアスも知っていたらしい。
よく神話に出てくる、有名な植物なのだ。
「ふーん……たしか、ネクタールって地界には無いんじゃないのかよ?」
「普通はね。だからこれは自家製よ。
ちなみに、その果物も地界には無いわ。
まあ、これは自家製ってわけにはいかないけど。」
さらりと所帯じみたことを言ってのける彼女に、思わず全員目が点になった。
〔〔自家製って……・。〕〕
そんなに簡単に作れるものなのだろうか。とても疑問だ。
うっかり、あらぬ想像まで頭に浮かぶ。
「ところで、聞きたい事があるんでしょう?
答えられる範囲でなら、教えてあげられるわ。」
腹ごしらえも終わって丁度いいという事だろうか。
そう言われて真っ先に口を開いたのは、リトラだった。
「召帝と、『鍵』の行方をしらねーか?」
待ってましたといわんばかりの表情だ。
普段はほとんど探しているようには見えないが、やはり彼の目的はこれである。
宝と王。どちらも国には大切なものだ。
早く聞きたくて仕方がないのか、肝心の特徴の説明まで忘れている。
「召帝と……『鍵』、ね。
『鍵』という事は、六宝珠・光のダイヤモンドの事かしら?」
だがシェリルは聞き返さず、
逆に『鍵』の正体とおぼしき名を上げた。
伊達に長く生きていない。
『六宝珠……?』
アルテマとフィアスが、声をそろえる。
聞きなれない単語だから無理もない。
「ああ、あれか。噂だけならチラッと聞いたことがある。」
長命な竜だけあって、さすがにルージュはこのくらいでは驚かない。
それとも、裏の社会で生きていたからこの聞き慣れない物の事を知っていたのだろうか。
「おれも習った。でも、あるって事しか教えてくんなかったぜ。」
魔法や過去の歴史に詳しいルーン族のリトラも、
どこかでそれを知ったらしく驚く気配はやはりない。
「よく知ってるわね。」
物知りねと言わんげに口の端が少し上がる。
大人の男ならコロッと落とせてしまいそうな色っぽい表情だ。
「ろくほうじゅって、なーに?」
「六宝珠は、ポートゥ王国にいた宝石職人が磨いた宝石の事よ。
そう……クリスタルには及ばないけれど、とても強い力を持っているわ。」
六宝珠。その名はクリスタルに比べれば知名度は遥かに低く、
一部種族や考古学者くらいしか知らない代物だ。
それは名が示すとおり、6種の宝石である。
昔はポートゥの王が持っていたが、今では世界各地に散らばってしまっているという。
どれも過去に例を見ないほどの大きさで、
六宝珠という名よりも実物そのものの方がよほど知られている。
「それって、やっぱり悪い奴が使うとろくなことにならないんでしょ?
クリスタルみたいに……。」
半年前、悪しき月の民ゼムスが引き起こした未曾有の危機。
ゼムスによって操られていたゴルベーザによるクリスタルの略奪と、バブイルの巨人復活。
この時の騒動は、多くの人々の心に深い傷をもたらした。
ゼムスがクリスタルの力を利用し、この世界を滅ぼそうとして起きた事だ。
もっとも、ゼムスの存在を知るのは五英雄とごく一部の当事者だけだが。
「そうよ。まぁ、石とは言っても彼らは心があるから、
クリスタルほどあっさり取られはしないけれど。
だからって、取られないとは言い切れないから一緒かもしれないわね。」
意思があるとまでは知らなかったのか、
それを聞いてリトラがこっそり
「たいへんなんだね〜……。」
「それより、『鍵』と召帝は今どこに居るんだよ?」
このまま成り行きで六宝珠の説明をされてはたまらないらしく、
苛立ったようにリトラがシェリルに詰め寄った。
「せっかちさんね。そんなに慌てなくても大丈夫よ。
今、六宝珠の位置は動いてないから。竜の坊や、その水晶球を貸して頂戴。」
「あ、ああ。」
ルージュが抱えていた水晶球をテーブルの中央に置き、手をかざす。
すると、水晶球に世界地図が浮かび上がった。
「これが世界地図。光っている光点が、六宝珠の現在位置よ。
光のダイヤモンドはここね。」
水晶球に浮かび上がった世界地図のあちこちに、
色とりどりの小さな光点が見える。
彼女によれば、これが六宝珠の現在位置だということ。
そして今彼女が指差している白い光点が、光のダイヤモンドの現在位置だ。
光っている場所は、ダムシアンの南にある竜の形の半島だ。
世界地図という巨大な視点では動いていないように見えるが、
多分実際は少しずつ動いているのだろう。
「ここかー……。」
ようやく探し当てた財宝を見るかのような目。
何故か口には出していなかったが、待ちくたびれていたのだろう。
「遠いね〜。」
現在位置と見比べながら、フィアスが言った。
確かにかなり遠い。
「ほんとだ。てことはあんた、けっこー行き当たりばったりだったって事?」
「うっせーな!全っ然手がかりねーんだからしょうがないだろー!!!」
図星を差されて、リトラはもろに逆切れを起こした。
そちらの手落ちだというのに、迷惑な事だ。
「ほらほら、喧嘩しないの。」
シェリルに軽くたしなめられ、幸い火がつく前に収まった。
「で、ここはどうやって行けばいいんだ?」
示された場所は、ここからかなり遠い。
おまけにものすごくへんぴな所だ。土地の名さえ分からない。
「船じゃ行けないよね、こんなとこ……。」
リトラ達はここまで知らないが、この半島にはほんの数年前に国が出来ていた。
元をただせば、ここはダムシアンの一公爵が何らかの理由で、
その半島の土地を王から授けられたのがきっかけで生まれた公国だ。
まだ、世界的な知名度はかなり低い。
「えーっ、クークーは?ズーも鳥さんだから飛べるでしょ?」
森に待たせっぱなしにしてある、ズーの若鳥の事をフィアスは思い出した。
ここまで自分たちを乗せて飛んできたんだから、きっと飛べるに違いないと思ったのだ。
「いい考えだけど……ズーは渡り鳥じゃないんだから、
途中で休めない海の上は嫌がって飛ばないと思うわ。」
苦笑したシェリルにやんわりと否定され、
フィアスはぷぅっとつぶやいてふてくされた。
自分では名案だと思ったに違いないが、流石にそれは幼児の浅知恵だ。
いくら鳥だって、休みなしに飛べるわけがない。
「それじゃ、どうやって行ったらいいの?」
神様だから知ってるよね?と、その目は雄弁に物語っている。
「そうねえ、ここにはミシディアから船は出ていないから……。
まともに行こうと思ったら、一度ダムシアンに行って、そこからこの山脈沿いに船で渡るしかないわね。
かなり遠回りになるけれど。」
この公国はまだ出来たばかりなので、今の所はダムシアンとの間でしか交易が行われていない。
おまけにまだ開発に着手した段階なので、お粗末な港が一つしかないのだ。
当然、他国からの船はまだ入れない。
「それじゃあ、行ったらいないかも知れねーってことか?!」
「まぁ、そういうことね。」
別段何も思っていないような声音に、リトラはがっくりと肩を落とす。
「それじゃあ、意味無いんじゃ……。」
アルテマも思わずつぶやいてしまう。
横を見れば、はぁ〜っとリトラが珍しく深いため息をついていた。
折角見つけたと思ったのに、そうは問屋が卸してくれないとなれば当然だ。
「まあまあ、そんなにがっかりしなくても大丈夫よ。」
『え?』
一気に希望が消えたと思ったら、そうでもなかったらしい。
だが、一回エサを引っ込められたようなものなので、
あまりオーバーな反応はする気になれない。
「これを使えば、ダムシアンまで一瞬で行けるわ。」
シェリルの手の上に乗っているのは、見慣れないアイテム。
魔法の珠ではなさそうだが、何となくすごそうな気がしてくる。
「え、マジ?!」
ため息気分をどこに置いてきたのか、いきなりリトラが元気を取り戻した。
「でも、ただではあげられないのよ。」
目の前に下がってきたエサが急に視界から消えた犬のように、
リトラは再びがっくり肩を落としかけていた。
さっきから落差が激しい。
「え、何か代わりに出さなきゃいけないとか……?」
落ち込んだリトラの代わりに、アルテマが話をつなぐ。
昔読み聞かせられた神話みたいに、やはり神は人間に困難な試練を与えるのかもしれない。
「いいえ。その気になれば簡単にできる事よ。」
「?」
その気になればなどと笑顔でいわれ、
何だか肩透かしを食らってしまった気分になる。
「誰か一人、私と一緒に寝ない?」
全員で仲良くずっこけた。
このあまりの落差にとてもついていけない。
邪気など微塵も感じさせない、まるでその辺にいる女性の笑顔。
本当に邪神だろうか。
「な、なんだそりゃーーー?!!」
(からかわれてるのか……俺たちは。)
ルージュが半ば本気で苦悩したのも、まあ無理なからぬことである。
もっとも、それは本気だったのだからなおさらたちが悪かった。



―前へ― ―次へ―  ―戻る―

何事も飯を食って落ち着いてから。
と、言わんばかりの展開になりました。いいもん食ってるじゃんか畜生。(何
それ以前に、シェリルもガキに目がなさ過ぎですが。
幸運にも(?)美人と寝た奴は次で書きますが。(年齢的にほぼ確定?)
当人たちにとって見れば、双方得ですけどね。